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大阪地方裁判所 平成6年(ワ)802号 判決

原告

田中哲人

被告

大丸タクシー株式会社

主文

一  被告は、原告に対し、二五二万四一五二円及びこれに対する平成三年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを四分し、その三を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決の第一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成三年六月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告が運行していたタクシーに乗客として乗車中事故にあつて負傷した原告が、被告に対して、自動車損害賠償保障法三条に基づいて、損害賠償として、損害の一部と不法行為の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  平成三年六月一三日午後一一時一五分ころ、奈良県大和郡山市杉町九三番地の一先交差点において、被告が所有し、被告の従業員倉本達一(以下「倉本」という。)が運転する普通乗用自動車(大阪五五き二六九八、以下「被告車両」という。)が、水間急配株式会社が所有し原幸治が運転する普通貨物自動車(和泉八八え一一五)と衝突し、被告車両に乗客として乗車していた原告は、頭蓋骨骨折、脳挫傷、急性硬膜外血腫、右肩甲骨骨折、肺挫傷の傷害を受けた。

2  原告は、平成三年六月一三日から七月九日まで奈良県立奈良病院に入院し、緊急手術を受けたほか、七月一〇日から二九日まで大野記念病院に入院し、その後一〇月一〇日まで同病院に通院したほか、平成五年二月二三日までの間に、藤村病院に二回、柏木医院に二回、福地病院に三回、岡本歯科に五回、天理よろづ相談所病院に一九回通院した。

3  原告の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書には、原告の傷病名として、右顔面神経麻痺、感音性難聴、味覚障害との記載がある。

4  原告は、本件事故当時、原告の父親が経営し、スポーツクラプの企画、設計、施行を業務内容とする株式会社キンキスポーツサービスの総務部長として同社に勤務するとともに、同社の経営するテニスクラブの副支配人、レストランの支配人、ビルのメンテナンス事業の担当部長等をしていた。

5  被告は、原告に対し、本件事故による損害の填補として、合計四三五万二五九〇円を支払つた。

6  原告は、本件事故に基づく障害について、自動車保険料率算定調査事務所により、自動車損害賠償保障法施行令二条別表障害別等級表(以下「自賠等級表」という。)所定の後遺障害に該当しないとの認定を受けた。

(1は当事者間に争いがない。2は甲第五号証の一ないし九、第八号証により認める。3は甲第一号証により認める。4は甲第八号証及び原告本人尋問の結果により認める。5は乙第一ないし第六号証、第八号証ないし第一六号証及び弁論の全趣旨により認める。6は弁論の全趣旨により認める。)

二  争点

1  後遺障害

(原告の主張)

原告は、平成五年二月二三日天理よろづ相談所病院で、症状固定の診断を受け、本件事故により、右顔面神経麻痺、感音性難聴、味覚障害の後遺障害が残った。右後遺障害は、右顔面神経麻痺が自賠等等級表一二級一二号もしくは一四級一一号に該当し、感音性難聴は同一四級三号もしくは一四級一〇号に該当し、味覚障害は一二級ないしは一四級に相当するというべきである。仮にそうでないとしても、以上の障害を総合して判断すれば、原告の後遺障害は、少なくとも同一四級には相当するというべきである。

(被告の主張)

原告の主張する右顔面神経麻痺は、他覚的異常所見、神経学的所見に乏しく、後遺障害と認められるものではないし、労働能力の喪失と関係する顔面の歪みはほとんど認められず、醜状として把握することもできない。同様に、感音難聴についても、原告は、一耳の平均純音聴力喪失値が四〇dB以上に達していないから、後遺障害とは認められない。また、味覚障害についても、原告は味覚脱失の程度には至つておらず、その範囲も右側前部の約三分の二にすぎないのであるから、後遺障害と捉えることはできないし、そもそも味覚能力の低下が労働能力に制限を加えることがあるともいえず、労働能力は喪失していない。

2  損害額

第三争点に対する判断

一  原告の後遺障害について

1  右顔面神経麻痺について

原告は、現在、右顔面神経不全麻痺のため、右顔面特に口元の筋肉が思うように動かせず、「イ」「ウ」の発音が完全にできず以前のように喋ることができない、寒いときには顔面の右半分がこわばつて全く動かず、閉眼時に自己の意思にかかわらず口元が動くなど、日常生活上の不便を来している旨供述し、甲第二号証の二、八号証にもこれにそう記載がある。しかし、原告本人尋問の結果によれば、現在、原告の発音はさほど不明瞭なものではなく、原告が努力してきた結果、第三者が聞き取り易くなつたことが認められ、また、右顔面特に口元の筋肉が思うように動かせないことが、原告の顔面の表情に一定の影響を及ぼしていることは否定できないものの、それが労働能力の喪失に結び付く醜状となつているとも認められず、原告の職業に照らして考慮をしても、原告の右顔面神経麻痺は自賠等等級表の後遺障害に該当するものということはできない。

2  感音性難聴について

原告は、現在、他人に右側から話しかけられた場合は何を言つているのかわからないことがある、電話でも右耳では聞き取りにくい旨供述する。しかし、甲第一号証によれば、聴力レベルについて三回測定したものの、右耳の平均は二八・九dBであつたことが認められるうえ、原告本人尋問の結果によれば、他人と面と向かつて話をするときには問題はなく、ざわめきのある場所で、相手の言つていることが聞き取り難いことがあるというにとどまることが認められ、これらによれば、原告の感音難聴をもつて自賠等級表の後遺障害に該当するものということはできない。

3  味覚障害について

原告は、舌の右側前部分が味覚を感じなくなり、本件事故当時、レストランの支配人として、ドリンク関係のマニユアル(メニユー)を作つたり、アルバイトの人に少しの味の変化も教えなければならなかつたが、右味覚障害のためこれらができなくなつたと供述する。しかし、甲第二号証の二によれば、原告は、電気味覚検査の結果、舌の右前三分の二の部分の味覚が低下していることが認められるけれども、味覚を感じなくなつたとの検査結果はみられず、また、原告も、味覚について事故前のものとどのような相違が生じたのかについては具体的にはわからない、料理の関係で勉強をしたことはなく、ドリンク関係については少しは勉強をしたと供述するにとどまり、原告の主張する味覚障害は、味覚脱失の程度には至つていないことが明らかであるうえ、原告の職業に照らして考えても、原告の労働能力を喪失させたことを証明する適確な証拠はなく、これをもつて自賠等級表の後遺障害に該当するものということはできない。

二  原告の損害について

原告は、本件事故により合計六六四万六七四二円の損害を被つたものと認められる。その内訳及び理由は以下のとおりである。

1  治療費関係 二万五五七〇円(請求どおり)

甲第五号証の一ないし九、甲第八号証によれば、原告は、本件事故により負つた傷害の治療のため、天理よろづ相談所病院に一万八一四〇円、大野記念病院に二〇六〇円、奈良県立奈良病院に四四〇〇円、藤村病院に九七〇円の合計二万五五七〇円を支払つたことが認められる。

2  入院雑費 六万一一〇〇円(請求どおり)

甲第三、第四号証、第八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成三年六月一三日から七月九日まで奈良県立奈良病院に、七月一〇日から二九日まで大野記念病院に入院し、右四七日間に入院雑費として一日あたり少なくとも一三〇〇円を要したことが認められ、その合計額は六万一一〇〇円となる。

3  付添看護費 二一万一五〇〇円(請求どおり)

前記原告の受傷の程度によれば、原告が入院していた四七日間は近親者の付添いが必要であつたと認められ、これを金銭に換算すると、一日あたり四五〇〇円とするのが相当であるから、その合計額は二一万一五〇〇円となる。

4  通院付添費 四万七五〇〇円(請求どおり)

甲第一号証、第八号証及び弁論の全趣旨によれば、原告が天理よろづ相談所病院等に合計一九日通院するに際し、近親者が付き添い、そのため、一日あたり少なくとも二五〇〇円を要したと認められる。その合計額は、四万七五〇〇円となる。

5  交通費 一五万三一〇〇円(請求どおり)

弁論の全趣旨によれば、原告は、本件事故現場から奈良県立奈良病院への搬送、大野記念病院への転院、福地病院、柏木病院、岡本歯科、天理よろづ相談所病院への通院に際し、合計一五万三一〇〇円の交通費を支出したことが認められる。

6  休業損害 三六四万七九七二円(請求四一七万二〇〇〇円)

原告は、本件事故により、次のとおり、給与の支払を受けられなかつたことにより二六二万二六一九円、賞与を受けられなかつたことにより一〇二万五三五三円の合計三六四万七九七二円の損害を受けたものと認められる(なお、原告は、給与についてはてん補ずみであり、賞与のうちてん補のされていない部分についてのみ請求するとしているが、被告から原告に支払われたと認められる前記第二の一5の四三五万二五九〇円は、乙第一六号証及び弁論の全趣旨によれば、休業損害以外の分も含まれるものと認められるので、ここでは原告の休業損害について算定したうえ、後に既払額を控除することとした。)。

(一) 甲第七号証の一、二及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成三年六月一四日から平成四年七月三一日までの間就労できず、その間平成三年六月分の二一万九〇〇〇円の給与の支払を受けたのみで、右休業により二六二万二六一九円の給与の支払を受けることができなかつたことが認められる。

計算式 633,000÷92×413-219,000=2,622,619(円未満切捨て)

(二) 原告は、本件事故に遭わなければ、平成三年冬季賞与と平成四年夏季賞与の合計一三二万五〇〇〇円の支払を受けるべきであつたのに、その支払を受けていないと主張するが、その根拠とするところは、甲第一一号証によれば、入社以来会社内において原告と賃金面において同じ扱いを受けている社員がいて、その者が原告の休業期間中にもらつた賞与の額が一三二万五〇〇〇円であつたからであるというものであるところ、右事実のみによつては、原告が休業期間中に右額の賞与を受けるべきであつたと認めるに足りない。しかし、甲第一二、第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、株式会社キンキスポーツサービスでは、平成三年冬季賞与の平均額は六七万六六八七円で、平成四年夏期賞与の平均額は三四万八六六六円であつたことが認められるところ、原告は少なくともその合計額の一〇二万五三五三円の賞与を受けるべきことができたものと推認されるから、本件事故により同額の損害を被つたものと認められる。

7  後遺症による逸失利益 〇円(請求一一六三万四七一四円)

原告は、本件事故によつて労働能力を喪失したものとは認められないから、後遺症による逸失利益があるということはできない。

8  物的損害 〇円(請求四一万〇三五〇円)

原告は、本件事故により当日着用していた衣服、眼鏡、時計の使用が不能となつたため、これと同等の物件を購入し、そのために四一万〇三五〇円を支出したと主張し、甲第八号証及び原告本人尋問の結果によれば、本件事故により右各物件が使用不能となつたことを認めることができるけれども、右各物件と原告が新たに購入した物件とが同等のものであることを認めるに足りる証拠はないうえ、右各物件の本件事故当時における残存価格または再調達価格を確定するに足りる証拠はなく、また、右のように見回り品の損傷または紛失による使用価値の喪失は慰藉料額の算定に当たつて考慮するのが相当であるから、原告の右各物件に関する損害の主張は採用することができない。

9  慰藉料 二五〇万円(請求四二〇万円(入通院二〇〇万円、後遺症二二〇万円))

原告の受傷の程度、入通院期間その他本件に顕れた一切の事情に照らすと、原告が本件事故により被つた精神的苦痛を慰藉するためには二五〇万円の慰藉料をもつてするのが相当である。

なお、原告は、本件事故の態様は、倉本の信号無視という重大な過失に基づくものであり、倉本の運転態度が粗暴で、事故に至るまでの態度からして、倉本には事故前から何らかの精神的障害があつた可能性が高く、これをそのまま放置していた被告に重大な責任があるし、右倉本の運転態度のため原告は乗車直後から不快な思いをし、恐怖感さえ感じていたのであるから、これらの事情を慰藉料の算定にあたり考慮すべきである旨主張する。しかし、甲第八号証によれば、本件事故の原因は倉本が赤の点滅信号をそのまま進行したことによるものであるところ、赤の点滅信号は一時停止を表示するにとどまるから、倉本は信号無視をしたものではないし、また、倉本に精神的障害があつたことを認める証拠はなく、他に倉本の運転態度等に関して特に慰藉料の算定にあたつて考慮すべき事情があつたことは証拠上認められないから、原告の右主張は採用することができない。

三  結論

以上によれば、原告が本件事故によつて受けた損害は合計六六四万六七四二円となるところ、原告は被告より既に四三五万二五九〇円の支払を受けているからこれを控除すると、残額は二二九万四一五二円となる。そして、本件事案の性質、認容額等に鑑み、弁護士費用としては二三万円が相当であるから、結局、原告は、被告に対して二五二万四一五二円を請求することができる。

(裁判官 濱口浩)

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